[連載A#3]無知は罪なのか~正義は弱い~

この記事が良ければ、ぜひシェアお願いします

これは佐藤秀峰氏の「新・ブラックジャックによろしく」で、主人公である研修医斉藤先生が、恋人でもない元同僚に肝臓の生体間移植をする際に、院内倫理委員会の参加教授が発言した内容です。私はこの言葉を読んだ時に、得も知れない震えるものが生まれました。

正義は弱い・・・・・・

簡単に悪に利用される・・・・・・

純粋であることは美徳じゃない・・・・・・

現実を見ろ・・・・・・

この世界で純粋であろうとすることは自我だ・・・・・・

汚れろ・・・・・・

さもなくば悪に飲み込まれるぞ・・・・・・

「正義は弱い」というのは、私は正しいと思っています。「正義=警察」と連想される方もいるかもしれませんが、その連想はここでは取り払ってください。「正義」というのはどこにでも存在します。

学校で喧嘩が起きるのだって正義があるからこそだし、職場でいざこざがあるのも人それぞれの正義感・価値観がぶつかって起きるものだし、政治でも政党や政治家同士でぶつかり合うのもそれぞれの正義が相対しているからでこそですし、そして何より戦争が起きるのもそれぞれの正義を守ることが理由だったりもします。

しかし、「正義というのは法律で決められていることを守ること」という風に狭義に捉えてしまうと、それは無知になってしまうと私は考えます。正義というのは、自分自身や組織なりの「思想」が軸になるものであって、それがブレたものと相対した時に自分の正義を守るために人は行動を起こそうとするわけです。

「正義」は真面目な人には毒である

自分なりの正義を持って生きるというのは、非常に精神力を求められるものだと考えます。なぜなら、自分の正義とぶつかった時には、闘わないといけないからです。打合せである検討をしていたとします。そこで、自分の意見と相手の意見が真逆であれば、議論をして闘わないといけないですよね。しかし、自分の正義を引っ込めてしまえば、場は丸く収まるわけです。しかし、傷付くのは正義を引っ込めてしまった人のほうです。

正義は、真面目で頭のいい人ほど持てない傾向にあるのではないかと私は考えています。それは、現在のエリートサラリーマンと呼ばれている人たちから見ても明らかで、奥さんを持ち、子どもも持ち、マイホームをローンで購入し、会社に縛られている人たち。傍から見れば、一見幸せそうに見えるでしょう。本人も幸せだと思い込んでいるかもしれません。

しかし、それは社会が決めた常識の枠の中で、一般的に言われている「幸せ」というものの中に収まっているだけであって、本当に本人の思想と合致しているとは限らないのです。だから、その虚像の「幸せ」を守るために、会社を辞める訳にはいかず、上司やクライアントに逆らうわけにもいかず、苦痛を味わいつつ虚像の「幸せ」を堪能しているわけです。

若くして出世する人は、突出した能力がいる人ももちろんいますが、今まで見てきた中でいうと、「他人を踏み台にするのが得意で、上に対するおべんちゃらが上手い人」が多いです。これを読んでいる方にも、思い当たる節がある人がいるかもしれません。

これだけパワハラ(パワーハラスメント)が原因でうつ病になる人が増えている一方、そういう出世するのが得意な人は、悠々自適な生活を送れているわけです。私は、他人を踏み台にしたり、悪口を言ったりするような人は「悪」だと思っています。悪口でも、事実をベースとした話であれば、別に構わないと思います。それは悪口の対象者が悪だから。しかし、真面目に頑張っている人を不当に評価し、あることないことを悪口で言い回るような人は「悪」だと考えます。

こういう人がいる一方、じゃあ「正義」はどこにあるのかということなのですが、真面目で頑張る人の中に「正義」は潜んでいるわけです。ただ、性格的なもので難しいのが、こういった性格を持つ人の傾向は、主張をするのが苦手だったりするわけです。なので、「正義」を持って立ち向かえる人は、まず自分の保身や家族のことを考えてしまう、真正面から闘うということができないのです。もしかしたら、日本人特有の傾向かもしれません。

自分の「正義」は何か問いかけてみるべき

あらためて、自分の中の「正義」は何なのか、問いかけてみるべきなのではないかと私は思います。サラリーパーソンが友人を誘って飲むときに、仕事や会社の愚痴を言うことが多いかもしれませんが、その愚痴こそがその人の「正義」から生まれてきている不平・不満なのです。正義は心の中に住んでいるので、宿主であるあなた自信が行動を起こさないと、正義は黙っているしかありません。

愚痴として具体的に言えるほどの不平・不満があるのならば、なぜそれを正すために行動をしないのか。それは先述した虚像の「幸せ」が、その人の行動を縛っている可能性があります。しかし、一度しかない人生という中で(宗教にもそれぞれ考え方はありますが)、自分の正義に嘘を付いて生きる続けるのは、もったいないと思います。

はじめに引用させて頂いた言葉でもこうあります。

正義は弱い・・・・・・ 簡単に悪に利用される・・・・・・

汚れろ・・・・・・ さもなくば悪に飲み込まれるぞ・・・・・・

自分の正義を守るために、自分自身が「汚れる」という選択をするのも一つの手だと思います。誰かが先頭を切って何かアクションを起こさないといけないことだってありますから。純粋でいようとすればするほど、真面目でいようとすればするほど、「悪」に飲み込まれてしまう可能性があるんですから。

■連載記事一覧

スポンサーリンク

この記事が良ければ、ぜひシェアお願いします

もぐ
年齢 : 30代半ばの1児の新米パパ。ITネットワークから始まり、WEBディレクター、WEBシステム系のプロマネ、データ分析など色々やってるエンジニアです。WordPress、Webサービス構築、BIツール、IoTなどがトレンド。新しくて面白い仕事募集中。
スポンサーリンク