社会が便利になりすぎると、人は不幸になるのではないか

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ちょっと時間が過ぎた話題にはなってしまいますが、この報道内容を見たときには「人の限界」というものを考えないのかと非常に不安に感じた。

政府の産業競争力会議の民間議員が三大都市圏などを対象にまとめた新 たな特区制度の具体案が16日、分かった。東京都では、都営地下鉄・バスの24時間運行や医療の国際化を推進。大阪府・市や愛知県で法人税を大幅に引き下 げることや、農業への企業参入を促す規制緩和を盛り込んだ。

引用元 : 都営地下鉄を24時間運行  三大都市中心に戦略特区

戦略特区にして「24時間闘えます都市宣言」を提言するだけは簡単なことな気がする。しかし、実際にそれを実現しようとするには、経済を回しているはずの”国民”不在な気がしてならない。そもそも24時間闘えます状態にすることで、人はどれだけ疲弊するのか分かっているのだろうか。

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24時間営業の店舗が増えることは本当に便利なのか

セブンイレブンが朝7時から夜11時まで営業する店舗であったことは社名から一目瞭然だが、気付けば大手コンビニエンスストアは24時間営業であることが当たり前になってしまった。さらに、牛丼チェーン店やマクドナルドも24時間営業の店舗が増えた。深夜まで営業するスーパーも増えた気がする。

それを利用する人にとっては便利になったのかもしれないが、それを運営していく人たちにとっては苦労でしかない。そこまでしてやる意味が果たしてどれくらいあるのだろうか。

医療や警察・消防、電気やガス・水道、流通といったライフラインに関わる事業は、24時間で対応できる体制を取る必要があるのは仕方ないと思う。社会インフラとして、夜間でも最低限機能しておく必要があるからだ。ただ、公共交通機関である電車やバスが24時間運行である必要性は無いと思う。また、コンビニエンスストアも24時間営業である意義がどれほどあるのか疑問はある。

かつては商店街で小規模商店が軒を並べて街が活性化していたのを見ると、体力のある大手が戦略的に攻めていける状況が、商店街を結果として駆逐してしまっているのは明らかである。中小企業や個人事業主が24時間対応や深夜営業といった体制は取れる訳ではないので、体力勝負で負けてしまうのは自明の理ではないか。

結果として大手企業は成長を続けることができるのかもしれないが、その下で倒れてしまっている人たちが沢山いることに焦点が当たっていないように思えてならない。

便利過ぎることは毒ではないか

便利な生活を送れることは一見して良さそうに思えるかもしれない。しかし、人間は生物として深夜に生活するようにできてはいない。「規則正しく生活する」というのは、夜きっちりと寝て朝太陽を浴びながら起きることである。それを推奨しないような都市作りは、人間にとって毒でしかないように思えてならない。

結局、便利であることは社会的な意義があるように思えるが、便利さを実現するためには人の自助努力が必要である。それを強いるということは余波が起きかねない。家庭の崩壊だったり、健康を害したり、コミュニケーションの過疎化だったり。

日本がグローバル経済で成長できるようにすることはもちろん国家戦略として必要なものだと思うものの、結果として人として不幸になることは避けるべきだと考える。発想の原点としてはもっと別のことが必要なのではないだろうか。

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もぐ
年齢 : 30代半ばの1児の新米パパ。ITネットワークから始まり、WEBディレクター、WEBシステム系のプロマネ、データ分析など色々やってるエンジニアです。WordPress、Webサービス構築、BIツール、IoTなどがトレンド。新しくて面白い仕事募集中。
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